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みなさんこんにちは。Language SpecialistのShioriです。2021年も終わりに近づいてきましたね。私が住んでいるドイツは日に日に寒さが増しています。みなさんがお住まいの地域はいかがでしょうか。

 

さて、前回の投稿では誤訳を防ぐためにできる基本的な対策を紹介しましたが、今回は、レビューする中で気になった2種類のエラーを取り上げます。これから紹介するエラーを防ぐためにみなさんがどのような対策を取っているか、コメント欄でお聞かせいただけるとうれしいです。

 

・脱落

みなさんは脱落(omission)が何かご存知でしょうか。脱落とは、原文と訳文の一部に不一致がある状態を指します。ほとんどの場合、原文に含まれる単語はすべて執筆者が意図的に選択しており、単語を1つ省略するだけで原文の持つニュアンスが伝わらなかったり、文全体の意味が変わってしまったりします。ですので、脱落がないようにそれぞれの文の細部まで注意して訳出しましょう。では、実例を見てみましょう。

 

<実例1>

原文:Another great RPG!

訳文:別のロールプレイングゲームです!

訳例:別の素晴らしいロールプレイングゲームです!

 

解説:たった一語抜けているだけですが、「ロールプレイングゲーム」と「素晴らしいロールプレイングゲーム」だとかなり意味が異なりますね。”great“を訳さなくても文書全体に大きな影響を与えることはないだろうと思いますが、原文と訳文に不一致があるので、このようなミスも防がなければなりません。

 

<実例2>

原文:Shifting your sleep and wake-up times earlier by just 30 mins to 1 hour may reduce the risk of various diseases.

訳文:睡眠時間と起床時間をわずか30分から1時間早くシフトすると、さまざまな病気のリスクが軽減される

訳例:睡眠時間と起床時間をわずか30分から1時間早くシフトすると、さまざまな病気のリスクが軽減されることがある

 

解説:助動詞の”may”が訳出されていません。”may”には複数の意味がありますが、ここでは「推量・可能性」の用法で使われているため、「〜することがある」などと訳すことができます。「軽減される」(100%間違いない)と「軽減されることがある」(軽減されないこともある)だと、全く別の意味ですね。たった一つの単語が抜けるだけで、文書全体に大きな影響を与えるミスになってしまう可能性がある例です。

 

 

・新しい言葉

若者言葉や時事問題に関する単語、テクノロジー関連などの単語は、日々新しいものが増え、使われ方や意味が進化・変化しています。SNSや時事問題に関連する単語の訳語の選択に困ったことがある方も多いのでは。ここではそのような単語の実例を見てみましょう。

 

<実例1>

原文:I think I will ghost him.

訳文:彼との付き合いをやめようと思う。

訳例:彼をゴースティングしようと思う。

 

解説:「ゴースティング」は、オンラインデーティングの世界でよく使われている言葉です。オンライン辞書には”ghost”の意味が「[人]との付き合いを急にやめて一切の連絡をしない」と書かれています。「彼との付き合いをやめる」には”ghost”が持つ「一切の連絡をしない(姿を消す)」というニュアンスが含まれていませんね。「ゴースティング」はデーティングアプリを使わない方にはなじみの薄い言葉かもしれませんが、欧米ではかなり一般的に使われています。Wikipedia(英語版)もあるので、ぜひ目を通してみてください。

若者のスラングを理解する方法のひとつに、Instagramのハッシュタグ検索があります。単語を検索すると、その単語のハッシュタグがつけられた画像や動画を見ることができます。画像や動画を通して単語の持つニュアンスや使われる文脈などを理解することで、適切な訳語を選択するのに役立つ場合があります。

 

<実例2>

原文:Our area was also affected by the devastating consequences of the COVID-19 pandemic.

訳文:我々の地域もコロナウイルスによるパンデミックの壊滅的な影響を受けた。

訳例:我々の地域も新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの壊滅的な影響を受けた。

 

解説:みなさんは"COVID-19"をどのように訳していますか?レビューをする中で、コロナウイルス、新型コロナ、コロナなど、さまざまな訳に遭遇してきました。約2年前に登場し、今では目にしない日はないこの言葉ですが、日本語では「新型コロナウイルス感染症」が正しい表記です。”COVID-19”はウイルスではなく、SARSコロナウイルス2がヒトに感染することによって発症する感染症です。なんとなく、で訳すのではなく、その言葉が何を指しているのかしっかり調べて理解し、正しく訳出するのが大切です。新しい言葉は正式な表記が決まっていない場合も多々ありますが、専門機関や政府機関のウェブサイト、日本語のニュース記事などの表記を参考にして訳語を選択するようにしましょう。

 

今回は脱落と新しい言葉についてお話ししました。脱落については、しっかりと原文を読み、理解して訳出することが一番の対策です。見直し時には原文と訳文を照らし合わせて訳抜けがないか確認しましょう。新しい言葉については、新聞を読む・ニュースを見るのはもちろんですが、エンターテイメントや若者文化、自分の興味の対象外の分野について日ごろから意識して情報を取り入れると、思わぬところで役に立ったりします。この投稿をきっかけに、いつもより丁寧に見直しをしたり、興味のなかった分野に目を向けたりしていただけたらうれしいです。

 

2021年はレビューのお仕事からたくさんのことを学び、みなさまのおかげで充実した1年になりました。ありがとうございました。2022年がみなさまにとって実り多い1年になりますように。

5 comments

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    yt5858

    訳例:彼をゴースティングしようと思う。

    ゲームの世界にも「ゴースティング」という言葉があります。日本においてはむしろそちらの「ゴースティング」の方が一般的ですから、こちらの訳例では読み手に意味がきちんと伝わらないのではないでしょうか。少なくとも私は「付き合いをやめようと思う」の方が分かりやすく感じます。一般の方が書かれた文章が多く投稿されているTwitterで、「ゴースティング」と検索してみて下さい。ゲーム用語としての「ゴースティング」が、日本でどれほど広く使用されているかお分かり頂けると思います。私は日本在住ですが、Shioriさんのおっしゃる意味で「ゴースティング」という言葉が使用されているのを、日常生活において見たことも聞いたこともありません。欧米では一般的に使われているとのことですが、日本語に翻訳するのですから、その言葉が日本においても一般的かどうか考慮すべきです。

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    Shiori (EN>JA Language Specialist)

    yt5858さん

    コメントありがとうございます。

    英語のghostingの意味は以下の通りです。

    "(a way of) ending a relationship with someone suddenly by stopping all communication with them"(Cambridge Dictionaryより)

    この言葉を単に「付き合いをやめる」と訳してしまうと、suddenly by stopping all communication with themという最も大切な部分、この行為が「ghosting」と呼ばれる所以である部分が抜けてしまいます。急に連絡を断つことで「おばけ(ghost)」のように突然消えるため、ghostingという言葉が使われるようになりました。

     

    比較的新しい言葉で、さらにオンラインデーティングに関連して使われる言葉ですので、いわゆる「若者言葉」に分類され、多くの人が日常で目にする言葉ではないかもしれませんね。ですが、アルクのオンライン辞書英辞郎にも登録されていますし(自然消滅とも訳されていますが、厳密にいうとニュアンスが違うと思います)、インターネットで検索すると日本語でゴースティングについて書かれた記事が出てきます。さらにYahoo!知恵袋で一般の方々が質問する際にも使われているようですので、日本で認識されていない言葉だとは思いません。

     

     

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    yt5858

    ごく一部の方に認識されていたとしても、一般的でなければ読み手に意味がきちんと伝わらない可能性が高いのではないのですか、ということを申し上げています。元の翻訳に問題がないと言っているわけではありません。ただ元の訳文からは、ここで「ゴースティング」という言葉を使っても読み手に意味が伝わらない可能性があることを考慮して、多くの人に分かりやすい表現を使おうという配慮が感じられるのです。

    ちなみに、Yahoo知恵袋を確認してみましたが、恋愛的な意味で「ゴースティング」が使われている質問は十数件しかなく、そのうちいくつかの質問では、この言葉の使用者がその意味を説明していました。

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    from Japan

    yt5858さんの意見に100%賛成です。日本語でゴースティングについて書かれた記事があるとのことですが、「ゴースティング 恋愛」をgoogle検索しても、ゴースティングという語を解説するページや、注釈付きでゴースティングを用いているページばかりです。これは日本語として定着していない言葉だからではないですか? 

     

    「付き合いをやめようと思う」が許容されるかどうかは文脈しだいです。単に “I will ghost him.” といった場合「一切の連絡を絶つ」の意味でしょうが、文脈が提示されていない以上この翻訳が間違っているかどうかなんて分かりません。一方「ゴースティングしようと思う」のような日本語には、多くの読者が奇異の念を抱くはずです。あるいはデーティングアプリの機能なら「ゴースティング」で構わないのかもしれませんが、非常に限られた文脈を除けば現時点では用いるべきではないと思います。

     

    翻訳では、迷ったら保守的な処理を選択するべきです。

     

    発言の撤回を望みます。

     

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    ikoeriha

    一般的な翻訳業務ではある程度読み手が想定されていることが多いのですが、Gengoでは必ずしもそういうわけにはいきません。また、読み手が想定されていても一般的な言葉でなかったり、意味が正確に伝わらない可能性がある場合には通常は訳注をつけますが、Gengoでは訳注をつけられません。他の方がおっしゃっていましたが、そういう意味でも、このような状況に対処するためのガイドライン化が必要だと思います。

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